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〜#10 考えてもわからないこと〜
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「人の言っていることを鵜呑みにするのではなく、自分の頭で考えろ」とはよく言われることである。「そのとおり!」と思う人も多いだろう。筆者もその一人だ。だが、一方で、考えてもなかなかわからないことが少なくないのも確かだ。今回は、そういう「考えてもわからないこと」の中から二つを取りあげ、できる限り考えてみよう(おかしな言い方だが...)。 ユニクロ神話? 結局、マスコミが大騒ぎをして、神話を作り上げてしまっただけだ。話題にされることで、ユニクロの売り上げは伸びただろう。すると、ますます「この不況下に業績を伸ばす驚異の企業」という形容にふさわしい存在になり、神話はさらに強固になる...という循環を繰り返してきたのだ。売り上げが伸びるのはうれしいかもしれないが、神格化されてしまうのは彼らにとって迷惑でしかなかったのではないか。あまりに急激に業績が伸びると維持するのは大変である。それに、マスコミで話題にされているからという理由で来店する客は上客になりにくい。一度来て「こういう所か」と納得すれば二度と来ない、という人も多いだろう。そういう客のために場所と人員と商品を確保しなければならないのは良い状況とは言えない。優秀な人間が集まっているはずの大マスコミがそんなことに気付かなかったのだろうか。これは、本当にいくら考えてもわからない。 最も不思議なのは、いったん「神話が崩壊」というようなことが言われ始めると、今まで黙っていた人が一斉に「あそこは社長がワンマンで...」、「取引先に誠意のない対応する」などと悪口を言い始めることである。これはユニクロに限ったことではない。政治家から芸能人、スポーツ選手にいたるまで、名を成したものすべてに当てはまる。まるで、「いつまでほめて、いつからけなすか」を、どこかで話し合って決めているようだ。 ユニクロのことを「中国で物を作って安くしたから成功した」と簡単にまとめる人が結構いるが、筆者は、「安い」というのは、実は成功の付随的な要因でしかないのでは、と思っている。別に何も頼まれたわけでもないのに書くのは気が引けるが、筆者はユニクロがかなり気に入っている。その理由は、安いということよりも(それも重要だが...)、「ごく普通の当たり前のものを、当たり前のように売ってくれる」ということだ。シャツならシャツ、セーターならセーターと聞いて、最初に思い浮かべるようなごく普通のもの、特にしゃれてもいなければ、特にみっともなくもないもの、標準的なサイズのものを豊富に揃えている、というのがうれしいのだ。どこもやっていそうで、そういうことをしている店は意外に少ない。これは売る物に関係なくあらゆる小売店に言えることである。今まで、なぜ、そういう店が少なかったか、も疑問である。 構造改革は本当に良いことか
しかし、そこでハタと考えてしまったのである。もし、改革が成功した場合は、これまで特殊法人の傘の下で、仕事らしい仕事をせずに楽に暮らしてきた人々が寒風の中に飛び出す、ということになる。そういう人がどのくらいいるのかは知らないが、何万人というレベルではなさそうだ。たとえば、彼ら全員が失業者になったら、通常の民間企業の失業者とはわけが違う。雇用の「ミスマッチ」どころではない。労働市場での競争力はゼロに等しいのである。恐ろしい社会不安を招きはしないか。改革を進めようとする人は、そこのところをどのように考えているのだろうか。 もう一つ考えたのが、「改革で既得権、役得を取りあげられても、役人になろうとする人がどのくらいいるだろうか」ということだ。考えてみれば、役人の仕事はつらい。注目されるのは問題が起きた時だけだ。このごろはともかく何でも役人のせいにされる。「よく、なろうとする人がいる」と思うほどだ。役得でもなければ、とても「やってられない」のではないか。役人の多くは、人一倍勉強した、生真面目な人である。「勉強しなさい、勉強すれば良いことがある」とは、誰もが子どもの頃に言われたことである。つまり、勉強して役人になれば良い目をみれるのは皆わかっていたのである。それなのに、「彼らばかり得をしてずるい」というのはあつかましいのではないか。誰も「勉強してはいけない」、「役人になってはいけない」と止められていたわけではないのだ。役人になる人がまったくいなくなったら、日本はどうなるのだろう....。 2002年2月号 |
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斜陽産業にわざわざ関わる不思議 しかし、実は筆者も人のことは言えない。筆者は主に書籍を売って暮らしているわけだが、出版業も明らかに斜陽産業であることは不動産業と同じだ。何しろ「誰が本を殺すのか」などという本が出るくらいだ。にもかかわらず、誰も強制しないのに、わざわざこの仕事に就いたのである。 近視眼的にものを考えずに、長期的な展望を持って...とよく言われる。それ自体は至極もっとものように思える。ただ、いくら慎重に先のことを予測しても、まず、ほとんど当たらない。今、将来を予測すれば、不動産業や出版業に関わることは「損」という結論になるだろう。だが、本当に何が起こるのかは誰にもわからない。昨年は、「人材は斜陽の建設業などから、勢いの良いIT産業へ移すべき」と言われていたが、IT産業はもう「不況」の代名詞に変わってしまっている。「さあ、これからはITだ」とばかりに就・転職した人の多くは、後悔しているかもしれない。 これでは困る、と言うわけで「皆と反対の方向に行くのがむしろ良い」と主張する人もいる。「すでにうまく行っている業種に今さら行っても遅い」というわけだ。筆者は、人と同じ方向に行くにしろ、違う方向に行くにしろ、「成功しそうかどうか」で選んでいる限り、ロクなことはないと考えている。そして、ビジネスというのは、すべて失敗するものだから、いくら慎重に仕事を選ぼうが無意味だ、とさえ考えている。 全員「負け組」? 「どう頑張ろうがいつかは必ず負ける」というのは悲しいことだろうか。「勝利」、「成功」にだけ価値を置くのであればそうだろう。だが、ものの見方は一つではない。「何をやろうがそう変わりがないのなら、好きなことをやれば良いのだ」と考えることもできる。成功、失敗、損、得、といったことを考えるより、「自分のやりたいことなのかどうか」を考えるのである。もちろん、それでも遅かれ早かれ失敗するのだろうが(この方が失敗は早いかもしれない)、やりたいことがやれただけずっとましだ。努力すれば、また運が良ければ、失敗をかなり遅らせることも可能かもしれない。やりたいことなら、少しは努力がしやすいだろう。
アイデアの限界 世の中には「アイデア商品」や「アイデアサービス」などより、ごく普通の商品、サービスを必要としている人の方が多い、ということも忘れてはならない。「たくさん食べても太らないトンカツ」より、「特に何も変わったところはないが、ともかく飛びきりおいしいトンカツ」の方が、求めている人は多いはずである。当然、おいしいトンカツを作ろうとしている人、作れる人は大勢いるため、努力してもあまり目立たず、大儲けは難しいだろう。でも、本当にトンカツが好きな人であれば、少なくとも楽しいはずだし、失敗しても残るものは多いのではないか。一方、「太らないトンカツをみんな欲しがっているから、それを作れば儲かりそうだ」というような理由でトンカツに関わる人は、失敗したら悲惨である。 こうした考えのもと、さしたる工夫もアイデアもなく、ただ好きなだけで斜陽産業に関わっている筆者だが、当然のごとく儲かってはいない。「遅かれ早かれ失敗する」どころか、見方によってはすでに失敗しているのかもしれない、とも思う。とは言え、仕事が楽しいのは確かである。どうやらしばらくはこのまま続けていけそうなのもありがたい。ただ、時折、「ベストセラーでも出たら一気に勝ち組だなあ」などと思ってしまうのが、人間の弱いところだろう。 2001年12月号 |
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