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〜せいうち訳者のシュールな日乗(常?)
| 2004年2月5日〜 |
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2月5日
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前からそうだったが、英会話学校NのCMは、最近ますますひどくなってきている。「日本人は英語をたくさん勉強しているのに話せない」、「日本人は英語を読むのは得意」などという迷信をまだ根拠にできると思っているとは...。まさか本当に信じてはいまいが。 日本人が英語を話せないのは、「勉強していないから」に他ならない。それは別に恥ずべきことでも何でもない。英語など勉強しなくても生きていけるだけの国力を持っているという証拠である。現に明治維新から間もない日本では、英語などのヨーロッパ言語ができなければ大学の授業すら受けられない状態だった。今でも、非英語圏で、母国語での高等教育が受けられる国は日本以外に数えるほどしかない。つまりすばらしく幸せな状態にいるわけである。もし、切羽詰って「英語を話さなければ死ぬ」という状況になれば、たいていの人は話せるようになるはずだ。 「読めるのに話せない」というのは大ウソである。自在に英語が読みこなせるほどの力があれば、少なくとも意思の疎通に困らないくらいの会話はできるはずである。「いや、私は読めるが話せないぞ」という人は「タイム」や「ニューズウィーク」などの雑誌や、小説のペーパーバックなどを自分がすらすら読みこなせるかどうか、考えてみて欲しい。すらすら、というのは「これは外国語である」という意識なしに、ということである。逐一頭の中で日本語に置き換えていてはダメだ。英語のまま理解できていなければいけない。 「たくさん勉強している」などというのも、単なる「おだて」であるから本気にしてはいけない。よほどの天賦の才能に恵まれていない限り、最低3ヶ月〜6ヶ月は「英語漬け」にならねば英語を使いこなせるようになどなるわけがないからだ。「英語漬け」というのは、1日10〜15時間英語の勉強をし、勉強していない時も英語のことを考える、ということである。「たくさん」とは言っても、普通の日本人は週に3〜5時間の授業を受け、一日1時間程度の予習・復習・宿題をするだけだ。まったく「たくさん」ではないのである。しかも、学生時代に「どうしても話せるようになりたい」と強く望んでいた人がどのくらいいるだろうか。 英語学習のための方法論が世の中に氾濫しているが、実は誰にでも当てはまる方法論など存在しない。どれも「結果的にその人はその方法を採っていた」というだけのことである。その方法が実際に功を奏したのかどうかすらわからない。実は本人が自覚していない何かが作用した可能性もある。英語を身に付ける方法はただ一つ「あきらめずに、長い時間、大量の英語に接すること」だけだろう。短期集中とか、長期持続とか言うが、そのどちらでもなく「長期集中」が必要だ。しかも、常に「覚えよう」という明確な意志が必要だ。「聞き流す」とか「英語に親しむ」などという悠長なことでは千年かかっても覚えられない。「楽しく学ぶ」などという贅沢なことも言っていられない。まともな市民生活はしばらくできなくなる覚悟がいる。 お気づきの方もいるだろう。要するによほどの「おたく」か「生きるか死ぬか」の状況に置かれた人でなければ、外国語など身につかないのである。もし「自分はそのどちらでもない」と思ったら、外国語は趣味と割り切り、時間をほかのことに振り向けた方が賢明である。それでも、日本人としての価値はまったく下がらないし、ヘタな「英語おたく」より、はるかに価値の高い人間になれるはずだ。 |
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